
| 大正十五年 | 1月 | 兵庫県宝塚新温泉の「パラダイス」に、大正末年から昭和初年にかけてドイツ製、アメリカ製の遊戯機、遊戯具が導入される |
| 昭和四年 (1929年) | 5月 | 大阪市北区信保町一ノ一に荻野文蔵氏の自動球戯機出店が許可される |
| 10月 | 京都市中京区新京極通り蛸薬師上ルに荻野文蔵氏の自動球戯機出店が許可される | |
| 昭和五年 (1930年) | 1月 | 東京・浅草区駒形「日本娯楽機製作所」が玉遊び自動販売機各種製作を開始 |
| 2月 | 名古屋市中区西脇町平野はまの、同区門前町大須観音の遊技場に設備構造変更による「自動球遊器」設置が許可される | |
| 6月 | 自動球遊機の露店、石川県金澤市に登場。高柳という露天商の依頼をうけ中川清氏(中川製作所)が本枠づくりの賃加工請負う | |
| 昭和六年 (1931年) | 11月 | 浅草松屋にスポーツランド開場、パチンコタイプの遊技機が人気呼ぶ |
| 昭和七年 (1932年) | 3月 | 大阪府警察部「遊技場取締り標準」を管下に通牒 「一銭パチンコ禁止」 |
| 12月 | 近畿北陸地域のパチンコ姿消す | |
| 昭和八年 (1933年) | 3月 | 大型コリント台による露店営業増加 |
| 5月 | 帝国発明品協会(東京・蒲田)、帝発式スマート・ボール発売、人気集める | |
| 10月 | 東京・新宿、銀座、神田などの繁華街の露店、一回三銭のコリント・ゲームに人気沸く | |
| 昭和九年 (1934年) | 6月 | 禁止措置をうけた一銭パチンコはメダル(模擬硬貨)を入れてメダルが出るゲームとして再出発。金沢で再認可得る |
| 昭和十年 (1935年) | 4月 | 「一銭パチンコ禁止」で逼塞していたパチンコが復活、メダルを出して商品に換える仕組みで営業、全国各地でブームとなる |
| 昭和十一年 (1936年) | 2月 | 正村竹一氏(正村ゲージの創始者)名古屋市西区浄心で「浄心遊技場」開業 |
| 昭和十二年 (1937年) | 4月 | 名古屋市西区新道に「京極遊技機製作所」創業 |
| 8月 | 遊技場の新規開業禁止通牒 | |
| 昭和十四年 (1939年) | 1月 | 福岡県警察部において課長会議の席でパチンコ禁止の意見出た模様 |
| 7月 | 戦時下の風俗営業取締り方針に基き、大阪府は府令を以て、管内遊技場の営業時間を午後十一時以降禁止指示 | |
| 昭和十五年 (1940年) | 7月 | パチンコ遊技場、スマートボールなど製造禁止 |
| 9月 | 大阪府警、管内の遊技場の営業時間を正午から午後11時までに規制 | |
| 昭和十六年 (1941年) | 7月 | 高知県警察部、景品にたばこの提供禁止、代替品として入浴券、電車の回数券を許可 |
| 昭和十七年 (1942年) | 10月 | 警視庁、遊技場取締規制改正 |
| 昭和十八年 (1943年) | 6月 | 企業整備令に基きパチンコ遊技場などの転廃業相つぐ |
| 〜以降終戦まで遊技場関係事項なし〜 | ||
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